●女性美-女性グロを追求したのがベルメール様
 1年ほど前だろうか、何かの単語で検索していたら偶然見つけたサイトさま。ちょと文書を読みたい気分だったので読み返してみる。

http://mazoero.hp.infoseek.co.jp/nozomi.html

 「女性のプニプニ感って、ちょとグロくね?」って思考は、多少なりとも絵・人型と向き合った人間なら共感されうるもんだと、自分は思ってる。いや、ま、それは思考の発端であって、帰結がどゆ方向に流れるかは個人差があるとは思うけども。でも、人型と向き合えば、体の一部や広範囲を引き伸ばしたり、太さ・厚さを変動させてみたり、大小様々実験が自然と付随してくるのだ。で、人体美の妙というか、人体認識の妙に感服したり、ウギギギって歯軋りしたりすんのさ。
 自分は帰結として「ロリっコ最高ぉぉ!!」とは言わないけども、人型をすっきり簡素な線で表現しようと指向すれば、そゆ方向に流れるって心理機構は理解する。つまり、ロリーンな性向を持ってなくても、人型モデルを追求した帰結としてロリーンな絵柄に落ち着く可能性もあるでしょーやと。また、社会的存在として、どーしたって子供と大人は別の属性で構成された存在だ。作者の描きたい物語を構成するために必要な要素として、物語上の要求として、子供が適用されるって可能性もあるのだ。
 要は、そりゃロリ絵師はロリ気質が多いんだけども、密やかなる時間において静かな思考を展開するのであれば、そゆ昼間の理屈に基づいた断定即断罪は浅はかである、と。単にロリっぽさだけを論うのでなく、その底に潜む「最適化までに至った試行錯誤の痕跡」に思いを馳せてみてもいーんでない?と思ったり。ま、これは夜の理屈、暇人の思考だけどなー。
 ちなみに、柔らかさが(一般的な)女性美の一構成要素であることは間違いないが、これってちょっとした弾みでグロさを帯びてくるのさ。デブ批判なんかは、柔らか美の崩れに対する不快感を根底に持ってるんだとおもーよ。人間の認識機構って不思議なもんでさ、ブヨブヨに太った人は俗っぽい豊かさの象徴にはなりえても、聖としての象徴にはなりえないんだよね(傾向として、な)。ガリガリでミイラみたいな人のが聖人っぽく思えてしまう。文化的な側面もあるんだろーけど美的感性として捉えてみても、デブ専絵師さまはいても、そゆ人って対象に聖性を求めてないでしょ? もっとグロい、異形としての人体を描いてる人なら話は別だけど、そこまで行くと人型とは呼ばないしなー。ロリ絵師さんだと、時に聖性を帯びた空気感があるのだよね。聖☆少☆女ってことなw。

●最近イケメン俳優ブームは凶兆かしらん?
http://mazoero.hp.infoseek.co.jp/denpa2.html

 これを一個人に当てはめてみる(男性版)。

1:実生活で募る不安感・虚無感

2:虹美少女ハァハァ

3:ぅゎょぅじょっょぃ

4:本当、ショタって素晴らしいですよねb

5:BL!!BL!!

6:イケメン俳優ってなんかエロくね?

7:たいーほ?wwww

オレの場合は、3-6の辺りを彷徨ってるところかしらん?(w。

 ま、ネタを抜きにすれば、リンク元の流れってさ、要は社会不安や抑圧感が募ってくると男性に現れるマクロとしての反応傾向ってことだよな。で、あんまり抑圧感が溜まりすぎてると、チョビヒゲおじ様みたいな変異種に扇動されてしまいやすくなる、と。この発想を適用するなら、たしかに現代日本は幼女属性くらいで留まっているので、まだ健全な部類なんかもしれん。むしろ、マッチョ信仰の強いアメリカのがびょうtkとも言えるわけだ。へぇ面白い発想が導き出されるもんやね。
 マクロへの適用はそのくらいで置いとく。ミクロ、つまり個人レベルで見たなら、破滅エンド以外もまだ先があるんでないかなーと思ったり。でも、今のところ何も思いうかばない。別ルートは思い浮かんだのだがなー。

所詮、ショタっコも薄汚れた人間だよorz

ポケモン、ゲットだぜ!!

……ケモショタはショタより1階層下に堕ちてるってことなんかね?


●ルイス・キャロルはロリコンか否か
http://mazoero.hp.infoseek.co.jp/sexp.html
http://mazoero.hp.infoseek.co.jp/wesen.html

この方の記述と、wikipeの記述は受ける印象異なるのだよねぇ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ルイス・キャロル

wikipeによれば、キャロルたんは「幼女から大人女性まで手広く撮影した」わけであって、要は属性域がそれなりに広い変態紳士だったわけだな! 際どい水着とか着せたがったことが事実であれば、どー見ても大なり小なり変態紳士でFAです。


●ま、ロリ讃美は抜きにして
 単純な論理展開としてだ、大人=ぶん回る社会の構成要素に対して効力感を抱けないのであれば、その虚無は何かしらのカタチで解消される必要が出てくる。「解消されなければならない」ではないよ、単に主観・個人における深層心理的な圧力傾向ってだけ。大人=日常で相対する人間に対する不快感が蓄積しているのであれば、それでも人間を否定しないのであれば、そりゃ、幼児とかそゆ方向が開けてくるさね、と。
 で、自分にとっては社会的な落伍とかは、夜の論理で捉えるなら、どーでもいいのだよね。夜の論理で言えば、自分のココロを動かす思考や創作こそが至高である、ただそんだけ。社会的な成功者であろうが落伍者であろうが、その言葉や作品が自分の心の琴線に触れないのであれば、心を割かない、割けない。
 だから、言葉も音もカタチもろくに生み出していないのであれば、評価のしようがない。昼の論理から放たれた、メディアや床屋談義で聞かれるような安直で断片的な言葉は、作風を見出せるほどの物量がないから、夜の論理としては評価し辛い。例えば有名な画家さまが「俺の作品群をみろー! 成熟した女性こそが至高だー! ロリコンは氏ねー!!」とかおっしゃってたなら、その創作を眺めて、少なくとも一考のリソースは割いてしまうわけよ。で、完成されたオーラがあれば、確実に感化されるさね。
 ああ、でも、ロリ讃美ってわけじゃないですよ。昼の論理で意見を述べれば、世間体として――な? 自分は昼と夜の思考を、一応少しは区別できてると思ってるので、夜の理屈だけが全てではないんよ。pixivで見かけた著名サイトなんかの試みは、正直、昼の論理では賛同しかねる。また、夜の論理で言えば、「滅ぼされることも、また一興なりや」だしなー。

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 「昼の論理」ってのは、端的に言えば、職場面ってことやね。職場で公開できるよな思考・行動ってこと。上っ面とは違う。肉の仮面、今までの生により背負っているペルソナ、そゆもん。簡単には捨てられないし、変えられない。
●twitterってWEBストーカーの温床にならね?
 いやさ、独り言を電子の海に放流するくらいの目的しかないまま始めて、別にフォローしたい人なんてなくて、ふと毎日のよに見てるブロガー様が登録してることを思い出して、フォローしてみたんよ。そーすっと、自分の発言以外では、その人の発言だけが表示されるわけよ。
 ……なんかね、自分の中にあるメンヘラ・アンテナがビビッと反応したんよ。これって、盗聴に近い感覚じゃね? ブログだと大概はそれなりに日記やテキストとしての体裁を整えてるあることが多く、またデザインのテンプレもそゆ印象を強化するよに働いてると思う。対して、twitterは限りなくチャット似だと思われ。
 チャットをさほど嗜んだことはないが、自分は人並み以上にヒッキー体質だから、一文にドギマギするよな経験は一応ある。あゆもんほど蟲惑的な威力はないけど、でも、ブログやHPとは受ける印象が違うなぁと。

リアル>>チャット>twitter>ブログ

ってくらいかしらん?

 
●で、下世話な発想をすれば
 twitter発ストーカー事件とか絶対そのうちに起こるよなって話。ま、コミュニケツールがあれば、確率はゼロじゃないわけだし、さほど特別視するもんでもないだろうけども。
●県立近代美術館いってきた
 企画展として「画家のパレット」やらをやってた。要は作品1点とその人のパレットを展示するって試みなのだが、着眼点は良いよね。フツーに使用感があるだけのもの、色が整理されてるもの、やたらコンモリしてるもの等。だけども、現代日本作家さんはやたらパレットに絵柄やサインを書き込んでることが多くて、ここまで来ると一個の作品に近いよなぁ。使い終わった感を残してるのはともかく、ちょと加工しすぎじゃね?って思うものも少し。でも、ま、実際問題として、あんまり日本の作家さんはしr(ry。
 メイン常設展は近代〜現代美術の流れに沿って展示されてて、悪くない。印象に残ってるのだと……端っこの分かり難い場所に置かれた少女の彫像が、人気のない場所にあるからさ、ついついパンツ覗いてみたのさ。乱雑というか、とりあえず布の質感やプックリ感はなかったよ(当たり前。本当はマジマジと全力全開で眺めるつもりだったが、近くに女性グループがいたので、已む無く自重した。
 しかし、立体構造を持たせる以上、閉ざされた空間を設定する以上、それは覗かれることを前提とすべきだし、そこを考慮しない作家さんなんて居んのかねぇ? 例えば、同館展示のタイトル忘れたけど、長靴をモチーフした画像一対の作品がある。ブロンズ像の方はゴム製みたく薄っぺらさで、暗くて底までは見えないけども、相当に深くて、ちゃんと長靴してた。でも、これって何も当たり前じゃないのだよね。見える範囲しか造形しないかもしれんし、中に別の素材を用いるかもしれんし、あるいはサプライズが仕込まれるかもしれん。少女のブロンズ像だって、ちゃんとパンツ履いてるかもしれんじゃないか!! ……ごめん、流石に自分でもそうは思ってないけどさ。


●瀧口 修造
 氏のコレクションなんかが、中2階の展示スペースに常設されてるのよ。で、澁澤龍彦と混同して「あれ、なんかコレクションにエロスがなくね?」とか思ってた。何故か知らないが、自分は澁澤龍彦氏をよく別の人とゴッチャにしがちらしい。
 なんでこんなにプッシュされてるのかと思ってたら、県人ってわけね(※1)。wikipeの記述を見れば美術評論家・詩人としての側面が強いのだろうけど、図書スペースで氏のインクアートを散々眺めているので、あんまり文人としての印象がない。氏の創作を見て、なんとなく万年筆とインクを衝動買いしたり。

●風来のシレン・アスカ、初級〜上級雑感
 初級・中級は簡単すぐる。上級については、「根性の竹刀」と十分な食料さえあれば、メイオウランなんて無問題です。問題があるとすれば、素振りの時間消費か(w。お陰で午前中は活動できなかったよ。
 そうだなぁ、アイテム未鑑定なのは多少痛いが、実質、竹刀が手に入るかどうかだけが攻略難度を左右するのかもしれん。竹刀さえあれば、自分のよに猿レベルのプレーヤでもクリアは可能だ。持ち込みなしでガチに一発登頂するとしたら、多少のプレーヤー熟練度と運が要るだろう。自分だと、妖怪村以降で弾薬が尽きるくらいかな? その点では、中級1回目で竹刀を手に入れられたのは幸運だった。
 ああ、これから中盤以降が始まって、熱中していくのかと思うと、ちょと複雑な気持ちになる(w。初回プレイのときは、問題集にめっさ時間とられたかんなー。

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※1
 個人的には出身ってだけで県人認定する発想は、心底「さもしい」と思う。反面、親戚・知人・縁故がいるかもしれず、リソースを割く必要性ってのは多少なりともある、のかも。一流の人だって数は多いわけで、その中から誰にリソースを割くかってなると、一つの決め手にはなる、かも。近代・現代美術に関わった日本人で誰かをプッシュするなら、県下の施設としては当然の選択と言える、かもね。
 だけど、田中耕一氏を「富山県出身」って紹介すんのは、実にさもs(ry。いやさ、富山県で過ごした時期に重大な業績を上げたとかないじゃなーい? 自分から見れば、エンジニアとしての氏を端的に表現するとすれば、第一に島津製作所の人であり、第二に東北大学出身ってこった。欠片も、富山県要素は連想できないでいる。
 ま、「とやま科学技術大使」については、多少縁があるから要請してみるのは一つのテンプレ発想であって、面白みはないが別段悪いことでもない。一応、科学技術の啓蒙みたいなお題目は備わってるわけだし。ただ、「名誉県民」については、民度が低いといわれても仕方がないよな。現在形で県下に籍を置いているか、業績を成した時期に県籍であるならともかく、そゆのは無いよね? あと、「ノーベル賞街道」ってのも、赤っ恥な発想だよね。
●ケツメドって
 関東方言だったんすね。いやさ、何かのエロゲ題名だとばかry

●ビタミンC
 鼻血は夏が近づいて来てから頻度も減ってきたけども、イボが治らない。遂には手にも進行してくる始末で、何とかせにゃならんくなってきた。といってもサプリは長期戦用だろうし、火箸(のよなもん)で焼くのが短期的には有効だと思う。ただ、何で近所の量販店にはガスライターが置いてないのかなぁと小一時間。ガスは置いてあるのに何故にライター本体が置いてないのかと。

●ちなみに寝不足の線もある
 真偽不明だが、寝不足で鼻血が出やすくなるって情報もあるこたアル。ここ1・2年ほど、休日を除けば慢性的な軽い寝不足なんだよね。つか、休日に寝まくるのは平日の反動だったりする。一応、仕事に障らないギリギリのラインは見極められるようになってるのだが、それでも社会人としてどーよ?って思いは、少しある。

●擬似大量中出し動画
 ニセ精液を大量に入れればエロ漫画ばりのフィニッシュ感を再現できないだろうか? ああ、でも、ニセ精液は大量になると物性の違いが見えやすくなるから、難しいのかもなー。

●首ぶっかけ属性・肩ぶっかけ属性
 ってゆーのも、この世には存在するのだろうか?

●腋の中に出し属性
 以下同文


●実際のところ
 本当に犯罪レベルのペド動画は見たことがないよなぁ、と、ふと思った。画像くらいなら、何かの拍子に見たことはあったかも、覚えてないけど。まあ、正直、年齢が低すぎると全く息子が反応しないわけで、深く狭い階層に潜って探し回る意欲がないってだけだ。……ただ中学生程度になると発育次第では(以下略。まあ、それにしたって先天的な合法ロリ体質の方が出演されてる動画があれば十分に(以下略。
 何が言いたいかと言うと、自分は変態超度3くらいの初歩的変態ですが、中々どーして幼児にハァハァすんのは難しいのだ。無意識的・意識的な嗜好が全く育たないのだよ。その点で比較すると、同性属性は少しづつ深化していっているから、ある程度意識的にバイアスをかければ(以下略。ジャーニズとか中々美味しゅう御座います。
 だから、自分の実体験として捉えれば、幼児に性的興味を抱けるのって、ある種の背負って生まれてきた才能があんのかなーって思うわけだ。病気って言い方はちょとマイナスの色合いが強いよな。でも、そゆ感じでもある。

 結論をぼかして書けば、自分にとっての理想は「自他の置かれた状況を理解したうえで、それでも自身としての行為を選択する」ことなんだよね。例えば、北朝鮮(朝共)だ。自分からすれば、あの国の指導部は彼らの置かれた条件下で彼らの理屈でもって行動しているだけであり、それと日本その他の利害がぶつかってるだけなんだよね。迷惑なのは事実だが、「俺に迷惑をかけたから、お前の行為は誤り」ってのはジャイアニズムの変形じゃね?って思う。
 否定・非難するなってわけじゃない。こちらの利益を得るために必要ならばそゆプレゼンだってすべきさ。また、感情を殺せとも言わない。言わないけども、感情でもって他に存在する可能性・別の有り様を端から考慮しないで済ませるってのは、省力的だとは思うが、自分は採用したくないのだ。可能性を全部考慮した上で、自分にとっての・主感情の正解を目指せばいーんでない?と思う。

 結論をぼかして書けば、自分は犯罪者は相応に刑罰を受けるべきだし、相応に矯正されるべきだと思う。思うが、それ以上でも以下でもない。目の前に現れれば不愉快になるかもしれんが、いないのなら特段不愉快に思う必要もない。「北朝鮮のミサイルがポシャって落下してきて貴方の家族が死んだらどーします?」って思考実験は否定しないが、思考実験のある結果に重きを置きすぎる思考回路は、自分の好むところではない。

 結論をぼかして書けば、役割に付随してくる義務・公的な義務と個人の嗜好は、絡み合いながらも並存してるもんだと思ってる。自分が帯びている公的な部分から下される結論もあるし、また、全くの私的な領域から導き出される結論もある。で、自分は公・私をある程度分けて捉えられてない人の思考は、あまり好まない。完全に分けられるはずはない。でも「公としてAであり、私としてBである。自分の天秤はBに傾く、ゆえにBと考える。」くらいの公・私シミュレートが出来てないのであれば、自分はその人の思考を、日常生活という文脈を離れた目線で見つめれば、評価し辛いだろうと。

 結論をぼかして書けば、自分は人間の尊厳や自由意思ってものをどゆ風に捉えればいいのか、私的な答えを強く持てないでいる。それでも自分は生きて暮らしているわけで、空気はそれなりに読めるわけで、自分の周囲に存在する平均値と思われるもの、公の解はぼんやりと分ってるつもりだ。公として、リアルに生きる自分としての答え、あるいは立ち振る舞いってのは、理解する。でも、この自分、極々私的な時間だけに生きるこの自分は、果たして如何なる答えを導くのか、よく分らないでいる。

 結論をぼかして書けば、自分にとって私的な領域での課題意識はあれども、自分は公的な領域で生活してるわけであって、決して私的な部分だけを優先できるものではない。私的な部分が疑義をさしはさんでも、それを一時保留にして、生きていくことは一応できるらしい。

 そうであっても、時折、思考は噴出すのだ。たまにの噴出は、止めようがない。
●絶対可憐チルドレンの破滅エンド(※1)について
 この作品において、(事件事故など限られた情報量における)未来は予知能力によってかなり正確に予測可能だ。そして、高超度エスパーになれば「予知を公表したら人々の行動が変わって未来が異なってしまった」という予知のジレンマすら解消できるらしい。いや、「予知によって変化した未来」を予知できるのは高超度に限らないかもしれない。確率の問題ではないか、バベルの予知システムもそれなりに「予知によって変化した未来」を予知できるよに思われるし。
 ただ、この設定はどーしたって疑問が浮かぶ。「未来を予知するとは如何なるESPであるか」ってな点と、「未来を変えるとは如何なることであるか」ってことだ。この作品においてESPとは、念動と超感覚の変形・合成によって説明されるらしい。たしか作中かオマケか何かだと、予知は超感覚とされている。……本当にそうか? いや、一般論ではそーかもしれんが、全ての予知能力が超感覚だけであるとは限らないのではないか。
 思考を纏めてみよう。予知の外れ当たりを無視して流れを単純化して捉えれば、予知に「未来を予想したところ、結果として的中した」という主観事実があることは間違いない。でも、客観的事実としては予想する必要はないと思う。例えば「未来から情報を引き出す」とかなー。自分らはリアル常識を引きずって時空の壁を頑丈なもんだと予断してるわけだが、この作品内においては摩訶不思議な超物理法則が成り立っているわけで、思考の範囲は広げることが可能だろう。別の可能性としては、「実は予知が当たったパラレルワールドに移動してたんだよぉぉぉ(AAry」とも言える。
 もちろん、予知能力者に何らかの主観は存在する。予知の知覚イメージ・感情は必ず主観されているだろうさ。でも、澪たんは分身能力のメカニズムを全く意識せずに能力を使用していた。葵たんは皆本さまに言われるまで、テレポに付随した空間識だけで物体認識は余裕で可能だと特段意識してなかったように描写されてる。この作品においては、バックグラウンドに存在する演算・処理過程を、意識上で認識しないと能力が使えないなんてことはないのだ。つまり、自己申告は全く事実でなく、せーぜー参考資料くらいなもんだ。
 この「キャラの主観が客観的事実と一致してないかもしれない」って発想は、破滅エンドを考える上でのブレイクスルーにならないだろうか。例えば兵部さまが皆本さまに「普通人のお前は無力だから未来を変えられるはずがない」って発言がある。これを事実だと皆本さまも認めた上で、「でもバベルには沢山の超能力者がいる。皆の力で未来は変えられる。」と反論してるわけだが、それは置いておく。破滅エンドを知る人物は皆本・蕾見・兵部と伊九号くらいだったかな? 桐壺・柏木は知らないのだよね、多分。「十分な超度がないと予知は覆せない」ことを正として、さらに人物たちが自身の望む結末に向けて最適の選択を出来るとするならば、予知を知るのが蕾見と皆本だけで通常業務の比重が大きいバベルよりも、兵部の自由裁量が効くパンドラ側のほうが、超度を未来操作に向けて運用するって意味では確実に有利なのでは……ってあれ、単に組織力と構成の違いが作用力の差にあなってるだけじゃね?
 んと、予知に対しては自覚的に、十分に高い超度でもって対処しないといけないらしい。例えば、黒い幽霊による某大統領暗殺計画の際は、パンドラ側の護衛チームがあっさり全滅=失敗してしまってる。結果的に兵部が変わり身になって銃撃されたから暗殺は防がれてるものの、別に周囲のSPに化けても銃撃方向は特定できてたわけだ。単に兵部の茶目っ気によって標的の大統領が守られただけ。チルドレンがいれば――とは言えない。見方を変えれば、パンドラ側はチルドレンを遠ざけることでバベルの警備体制を脆くしたってこった。いや、大統領の護衛を本気で行うのなら、専用機の護衛戦闘機が落とされたとしても、救出活動はすべきでなかった。別に護衛だけを至上命題としていなかったゆえの判断だとは思うが、つまり自覚的でなかったのだよ。組織としてもそーだし、他でも無い高超度エスパーのチルドレンが、な。
 確度の高い予知を覆すには高超度エスパーが要る。予知された事件事故への通常対応だったら、特務エスパーと現場主任がセットで送られて能力と知恵を絞って対処することになる。バベルという組織では何故かエース級エスパーが若いコたちばかりなので、精神面と臨機応変の対処能力に不安があるため現場主任の判断が光ることが多いようだ。油断せず、予知の事実を見極め、能力を適切に運用するためには、どーやら現場主任が不可欠っぽい。予知を覆すのに超度と最適の選択が必要であるのなら、選択の適切化を図るうえで頭脳面をサポートする人材を面子に加えることは当然の手法だろうさ。
 だが、行為選択の最適化をサポートする現場主任が効果を発揮するのは、主任とエスパーの目的意識が一致しているからだろう。解決のために互いに協力して最適の選択を模索するわけだ。では、破滅エンド対策においては、目的意識が共有されているのか? 皆本・蕾見ではそーだろうさ。でも、チルドレン他には予知が知らされていない。もち、知らせたらどーゆーことになるかを思えば、言えない。ただ、事実だけ捉えれば、目的意識を共有できていないバベル側は高超度エスパーが破滅回避に向けて自覚的に動くことはない。極端な話、チルドレンの一人と皆本だけが事故の予知を知らされて、残りは全く自覚してないままに私服出動してるよなもんだ。
 ……ああ、でも、仮にバベル全体で破滅回避に向けて努力しようにも、手段が何もない。兵部の引き抜き工作は危険性があるから放置できないものの、結局は現在の警備体制以上のことはほぼ出来ないのだ。強いて言えば、お留守番の薫が連れ出されるよな失態を防げる可能性がちょと増えるだけで、それにしたって兵部が動けばムリじゃね?って気がする。チルドレンに悟られずに忠誠心だけを向上させるよな魔法使い級の催眠術者がいれば穏やかに解決へと努力できるが、そんな人材はいないので兵部に干渉されるがまま。うーん、チルドレンを確実に抹殺できるならソレも手だろうけど、下手に失敗すれば離反フラグが確定しそうなので、現実にはあまり堅い手じゃないだろう。
 話を元に戻すと、兵部が皆本にいった「所詮普通人なんて無力だから未来は変えられない」発言は、一面の事実を帯びつつも、実態としては「予知をパンドラという高超度集団が薫の離反およびエスパーの反乱を企図してる所為」って側面が強い。本人が自覚してるかはともかく、客観的事実としては単なる「ジャイアニズム」だよなぁ。同じジャイアンにあたる蕾見に対して戦略家としての優劣を語るならまだしも、同格のプレーヤーですらない皆本に対して言うのは、思慮の浅い自己讃美・他者攻撃じゃないだろうか。ま、当人が皆本氏に複雑な不快感を抱いているので口撃したってだけだ、思慮の程度は問題じゃないよね。
 ただ、破滅エンドに至る作用を考える上では、もっと思考を進めないといけない。これまでの文章で「バベル側VSパンドラ側においては、パンドラ側有利じゃね?」と言った。予知の知り、未来に対して自覚的な行動をしているプレーヤーという観点では、それでいい。でも、要素は他にもある。パッと浮かぶのは3つか。

黒い幽霊
チルドレン(特に薫)
普通の人

 まず、黒い幽霊の作用については作中で全く明かされていないため、話の展開によっては重大な影響を与える可能性がある。が、全くもって可能性の問題だから、語れることはない。ただ、高超度エスパー集団である以上は、何かしらの影響力が発生する可能性はあるし、物語に深みを与える上では関与は少なからず描かれるだろうさ。
 むしろ、書くべきは後ろ2者だ。「予知の通りならチルドレンは離脱、普通人類の敵に回る」と読者視点では思いがちだし、また、当初は普通の人が持つ反エスパー思想も潜在的な火種(の一要因)のように描かれていた。兵部はその火種に火を付けようとしている、と見える。でも、本当にそうか?


●戦端は何か
 作中ではチルドレンの離反ばかりがクルーズアップされてるが、予知未来で起こるのは相当に大規模なエスパーVS普通人類の戦争であるらしい。このエスパー側ってさ、現在のパンドラとその延長線上で加入してくるメンバー+チルドレンくらいは確定に近いだろうけどさ、他にどれだけいるのかね? バベル・黒い幽霊はどーなんの?
 両陣営の面子が少なければ少ないほど、戦端となる要因は小さくて済む。でも、破滅に近しいほどの戦争が起こるのであれば、両陣営の規模はそれなり以上に大きくないといけない。ま、少数精鋭が可能なエスパー側は置いといて、普通人類側は大組織が確実に要るのだ。普通の人が上手く悪感情を煽れば反エスパーの世論が固まって、めぐりめぐって、軍隊まで動くのかなぁ。
 確かにエスパーはさほど多くないらしい。割合は増加傾向にあるようだが、クラスに1人とか、その程度でしょうかね? 現実の疾病などを考えれば、数十人に一人くらいの割合だと偏見は解消されずに伝播していく可能性は、残念ながらあるでしょう。社会不安でもあれば、戦争までに発展しなくても、けっこうな反エスパー世論が形成されたって何ら不思議ではない。
 戦端が開かれる前には、少なくとも陣営のどちらかだけは何かしらの動きがあるもんだ。現実の戦争なら少数の指導層なり国民世論なりが開戦に傾いていって、諸所の兆候があり、準備が始まり、開戦に至る。統治国家みたくトップダウンに意思が反映されやすい国なら予備動作が小さく分り辛いこともあるし、現代先進国のよに権力が分散してる体制であれば兆候は外部にも見えやすく時間がかかる。仮に普通人類側がエスパー側の感情を決定的に害したのであれば、引き金以前にも何かしらの世論傾向や引き締め・その他が見られたはずだ。
 で考えるに、狂信的というか原理主義的で手段を選ばない普通の人は、兆候の一つだと言えるだろう。16巻までの描写を見ても、構成員の一部は確実にエスパーへの殺意を持って行動している。この作品恐らく計算のうえで、シリアス度を抑えてるあるからさほど恐ろしくは感じられないが、色眼鏡を取っ払って見れば、普通の人はエスパーの少女を殺そうとしていたのだ。単に殺害して終わればまだしも、エスパーの家族に害意を向ける可能性だってあるし、現実的な逸脱を想定すれば死体を弄んで動画公開するよなキ○ガイが出てきたって可笑しくはない。キ○ガイは何時の世にもいるけども、その行為が世論誘導の要因になると、話は非常にややこしくなる。普通の人構成員を名乗る人物が、普通人類代表を騙って虐殺の一つでも公開してしまえば、普通人類・エスパーの間に溝を作ることになるかもしれん。そして、これはパンドラ等のエスパー側組織が暴発する引き金になるんだよなぁ。
 現実の人種差別などでも、対立が紛争・戦争レベルまで拡大してしまうことは間々ある。まして、高超度エスパーは、能力にもよるが、ESP対策をしてない歩兵部隊の小・中くらいとは等価に思える。パンドラ・黒い幽霊なら大隊ともやり合えるかもなー。仮に一個大隊程度の戦力だとして、それが強い戦闘意識をもって反乱を起こせば、そして早期に鎮圧できなければ、もう内戦に近いよなー。軍隊なら兵站が関係するけども、エスパーは食料・水・その他くらいしか要らないから、早期に鎮圧できなければ長期戦になるでしょーや。まして、エスパーVS普通人類って構図があると、参加兵力は長引けば長引くほど増えるわな。
 うーん、普通人類側がエスパーの感情を害していけば、すんなり開戦に至るっぽい。でも、気になるのはさ、戦争になればエスパー側の被害だって軽くはないんじゃね?って思うのだ。兵部は普通人類が多少死のうと全く意に介さないのかもしれん。では、エスパーだとどーなんかね? 最終的にエスパーが勝つからオッケーなのか、犠牲は少ないと予想しているのか、薫が死にさえしなければ犠牲が減ると思ってるのか、自分たちが頑張って犠牲を減らすつもりなのか……あるいは、実はいまだに戦中気質なので(以下略。
 個人的な見解を言えば、どれもキャラの格が低いよに思えて仕方がない。エスパーによる人類支配を確立する、あるいはノーマルを根絶するにしても、出来るだけスマートなやり方を狙うのが格の高いキャラってもんでしょーや。いやさ、集団を率いてガチでぶつかるよなキャラ格もありだとは思うが、少佐ってそゆキャラじゃないでしょ? スマートに勝てるようお膳立てしないなんて、知的っぽいキャラだと許せないのだよ。
 作中だとチルドレン、特に薫の争奪戦って側面が強いのだけども、人類エスパー戦争って視点で眺めると、正直関係あんのかねーって疑問が湧いてくる。どっちが勝つか、どれくらいの被害が出るかって戦況面では大いに関係するだろうけども、戦端には関わらないのでは?とすら思えてくる。実現可能性は抜きにすれば、少佐の思想をちょと柔らかくしてもらって、エスパーによる人類支配を緩やかに遂行して貰うのが、大局的な根本解決に至る道だと思う。あれ、人的被害を減らすって観点から言えば、蕾見と皆本はパンドラと結託すべきであって、敵対は避けるべきに思えてくるなぁ。いやさ、バベルにはパンドラを潰せる決定力がないわけだし、普通の人だって根絶は難しい。火種を消しきれないのなら、腹をくくる他ないのではないか。

つまり、チルドレンを国家レベルで女王に仕立てるべきなんだよぉぉ(AAry

 そゆ思考が一切展開されてないのは、口惜しい。でも、まだ先はあるさね。殺されかけた恨み節全開の少佐、色ボケ高齢者の蕾見はともかく、IQ200以上って設定の皆本たんには、是非とも対立の根本を解消すべく頑張って頂きたいものである。


●ただ、いやな展開もありうると思う
 ↑ではノーマル側がエスパー側の感情を害するって展開を軸に思考していたが、逆はどーか。少佐が自分の考える理想的な知的キャラでなければ、死期が近づいたので開戦♪くらいの軽い展開になるかもしれん。あるいは、黒い幽霊との絡みで物語が複雑化するかもしれん。可能性は色々とある。
 たださ、発端をどの勢力にも帰属できない展開もあると思うのだ。例えば、「受精段階で遺伝子検査することにより超能力保持者であるかどーか確実に判定できる技術が確立される」とかな。普通の人からすれば大喜びだろうし、エスパー側からすれば真綿で首を絞められるよな不快感を覚えると思うのだ。少佐のよに恨み節全開でなくても、エスパーとしてのID.を持ってる人なら、エスパーが存在できる尊厳を残すために戦うことを決意するかもしれんで? 特にエスパー同士の絆が対普通人類への感情より強いものであれば、尚更だな。自分は読んでいて、フツーに仲の良い家族がいるコたちが普通人類と敵対するなんて、到底納得できてないのだよね。でも、「未来に生まれうるエスパーたち」くらいに壮大なものが天秤に載ってれば、親・友人・知人と敵対したって納得できなくは、ない。


●で、自分なりにありがちな展開を予想すれば
 薫が幽霊ちゃんとイチャイチャしてると、実は少佐の死期が迫っていた、そんなある日任務の最中に出くわした澪を助けてバベルを飛び出してしまう薫であったが、幽霊ちゃんとやっぱりイチャイチャして、遺伝子検査技術が確立されたからもうエスパーのために戦うしかねーと決意する薫であったが、なんやかんや、やっぱり皆本は薫を撃つのだけども少佐と幽霊ちゃんあたりが出張ってきたお陰で薫は蘇生、最後はチルドレン+その他の面子が命を力に変えて都市を修復&これからの人類は全員エスパーだぜ!とか奇蹟を起こして、10年後くらいの世界でキャシー(&キャロライン)とイチャイチャして暮らす皆本であった。

で、「娘の前でママとイチャついてんじゃねー!!」とか赤毛の娘に超能力でドツかれる、と。視線を向けると、3人娘が微笑んでるわけですよ。


……同じサンデー作品の『ARMS』オチだからパクっても許されるよね?w

 ま、冗談は抜きにしても、3人を同列に扱うのであれば、死なば諸共って可能性が出てくる。薫を頭一つ飛び出した扱いにするのであれば、一人だけ死んでよし、皆本とハピエンに終わってもよし、バリエーションは豊富になる。
 でも、最初から一貫して描かれている「仲間であり、部下上司であり、兄妹のようでもあり、父娘にも近く、また恋人っぽくもある4人関係」を短絡的に昇華するのであれば、↑の終わり方が思い浮かんだ。難点はモロにパクリなので確実に採用されないことと、あと嫌なリビドーを深読みされそうなことか。
 いや、待てよ、変則例として兵部×蕾見の子供として4人が……いや、実年齢80の子作りとか倫理的にダメすぎるか。個人的には好きだけど、商業誌的には有り得ないでしょーや。

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※1
あ、破滅と書くほど最終戦争なのかは確定されてないかも。確定事項として言えることは、どこか大都市がボロボロになるほどの戦いが起こり、パンドラ?の敵(普通人?)が核を使用することだけだ。ただ、ま、兵部さまがワクテカするほどの予知結果らしいので、かなり大規模な戦争だと思うけどなー。破滅って言葉は「破壊の女王」からつい連想してしまった結果でしょうや。面倒なので、修正はしない。

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