●芸風模索

いや、空気感はなんとなく見えてるのだ。問題は、どゆ表現方法が適当かなーと。文字攻めしても多分あんまり上手くはいかないのだけども、当面はそゆ方向性を模索してみんのもありかなぁ。他に、特に対案はない。それにしてもSG2メモは小さくすると見辛いか。
大して発見らしい発見はないのだけど、一応前振りを兼ねて向こうに投下しておく。始まりとは重たいもので、だから自ら始まりを壊してきた。貶め、汚し、記念性を消してきたのだ。真の無価値、顧みられることもない路傍の石クズから始める。今は背負わず、ただ理想と現状の差異だけを背負う。そのための布石、のつもり。”前振り”や”伏線”は当初から仕込んでる、つもりだ。それは、かすかに感じられる理想が、真っ当なカタチを与えられず死臭のように纏わり着いてるから。表したいものの水子が、どーしても立ち現れる。
ま、要はチンチンチン言いたい、そして描きたいのだ。
●微妙にウツいが
最近、自分の気分変動は周期変動なんだろーとしか思えない。原因を求めるなぞ無意味で、表せば「そゆ体質なんじゃね?」の一言に尽きる。ま、気にしないことだな。そりゃ気持ちは動き辛いし集中力も微ミョンだども、気にしたところで何かが変わるわけではない。目的があるのだ。動かないなりに動くだけ動く、そんだけ。
痛みや辛さに泣き喚くってのは非常に人間らしい、というか動物はあんまり痛みで我を失わない。人間は高度な集団性を持つから、助けを求めることの利点が生じたんかもな。で、自分のおかれてる状況を鑑みれば、助けを求める相手もいないうえ、また求めて求めた助けが与えられるはずもない。ただただ、自分が密かに抱える課題のみがある。ただただ、自分が対処しなければ、誰も対処しない課題が自分の内にあるのだ。誰かに見てもらえるとしたら、それは結実したとき、自分のお腹が見事に膨らみだした時だろう。自分は自分の子を孕みたいと思う。隠してるわけではなく、事象はまず自分の奥底でしか起こらない。見せられるカタチをとれるまでは、見せたくとも見せられない。
だから、ウツさはどーでもいい。”自分が感じている”なんてどーでもいいのだ。風邪を引けば体が重くなるのと同様に、体調変動があるだけ。治療法が思い浮かぶなら対処するだけ。苦しいとか辛いとかはどーでもよくて、単に対処すべき事項の発生と体調悪化によるマイナス要因が発生するだけ。やるべきことが微修正されるだけ。ウツさ自体の辛さは問題でなく、常にのしかかっている理想への対処が難しくなる、そんだけだ。好調時と比較すればそりゃ厄介であるが、難度の上昇以上でも以下でもない。ただ、やれる範囲でやれることをやるだけ。
と、これくらい割り切りたいもんだなー。
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